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いろいろ、思うこと

西村ロベルタです。


ツイッタランドの破産ネタの人です。


いや、ねぇ、Twitterにはいろんな「診断ゲーム」みたいなのがあるんだけど、なんでか私がやるといつも「破産ネタ」が出て来ちゃうレベルでそれだけ私は自己破産の件をツイートしてるんだね。
この前は「自己破産部の部長」に抜擢されてたし、笑。
「診断メーカー」とか「アプリメーカー」とかいうやつね。たまに私のフォロワーさんがシェアしてるから、興味のある人は試してみてね。普段の自分のツイート内容が反映されるやつが多くてズッコケそうになるけどね。


はい。


このひとつ前の記事で「私は現実を受容し、粛々と手続きに臨んでいきます」って書いてたけどね。じつは、たまに動揺もするんだよね、いまだに…
私ってば、気丈に振る舞ってるけど、じつのところはかなりのヘタレで心配性なんだよね。
そして、困ったことに、他者にはボロクソに言うくせに、自分は怒られるの嫌とかほんとにワケワカメなんだよね。(世間一般ではそういうのを「わがまま」っていうんですよ)


まだ「これから」なのに、いろいろと「最悪の事態を想定して深く考える」という癖は抜けなくて…
まあ、「弁護士さんの言う事をきく」を徹底していればOKなんだけどね。


ご存知、私のフォロワーさんの中には自己破産準備中の人も居るんですが、その人もいろいろ大変そうで。しかも、精神的な疾患もあってかなり大変そう…
でも、ツイート内容はかなり参考にさせていただいてます。
もう一人のフォロワーさんは、同時廃止でこの前、無事に免責許可が下りたそうです。よかったね。お疲れ様。幸せになってくださいね。


HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)の私は、何かにつけて繊細すぎるあまり、その強すぎる感受性で人一倍心配性なんだよね。
正直、揺れてます。
地震じゃないよ。
うん、でも、地震に置き換えると震度4~5ぐらい?まあ、毎日、震度2~3は揺れてます。


ほんとに大丈夫なんかな?



弁護士さん、私みたいな依頼者に当たってお気の毒…




管財人って、怖くないの?




裁判所って、裁判官って…恐怖なんだけど…!!




そもそも、裁判所って「裁判をする所」だよね?


裁判官って「判決を言い渡す人」だよね?




怒られたりとかしないのかな?


怒られるとか嫌だな……




私が依頼した法律事務所の弁護士さんは「裁判官もね、優しい人が多いですよ」って笑顔付きで言ってたけど、それって私だけには怖いとかないよね?




免責許可、おりなかったらどうしよう……




…と、まあ心配性満開であれやこれやと思い巡らせては悩む日々。




この前もね、法律事務所に電話して担当の事務の人と話したんだけどね、またまた心配性な私は緊張しすぎてとうとう電話口で泣いてしまったのよ。




西村「わ~~(泣)先生が怒ってたら嫌だ~~」


事務の人「大丈夫ですよ。怒ってないですよ」


西村「ごめんなさい、ごめんなさい!申し訳ございません(泣)」


事務の人「西村さん、落ち着きましょう。それに、もう謝らなくてもいいですから」


西村「うわぁ~~(泣) なんで私が自己破産なんかしなきゃならないんだよ~~」


事務の人「西村さん、落ち着いて。破産は大きな決断ですよね。でもね、このまま借金を放置するわけにもいかないでしょ。さあ、深呼吸して」


西村「わ…わかりました。でも、怖いんです」


事務の人「一体、何のサイトを見たのですか?必要以上に恐れないで。さあ、落ち着いて。いいですか?これからですよ。粛々と手続きを進めていきましょうね」


西村「ああああぁぁぁぁ~~ごめんなさい」
事務の人「……今、昼休みですよね?飲み物でも飲んで、落ち着いて。ね?いいですか?こっちは大丈夫ですからね」


…とまあ、事務の人をかなり困らせてしまう始末。
まあ、お陰で朝から胸につっかえていたものは取れたんだけどね。
ほんとにバカなクライアントですみません。
勝手なことはしません。言う事をききます。


こんな事を書くと、「自己破産=怖い」ってなイメージを作ってしまうよね。
でも、弁護士さんやパラリーガルの人が「大丈夫」って言ってくるてるんです。大丈夫です。
あとは、私がどれだけ落ち着いて粛々と手続きに臨んでいけるか、だと思うのよね。


「禁止事項」おさらい。
・委任契約後は全ての債権者への返済を止める。
・個人間貸借などを含め、特定の債権者だけに返済しない。(偏頗弁済の禁止)
・クレジットカードの利用停止。
・一度に3万円を超える出費をする時は必ず法律事務所に申し出る。医療費などの場合は領収書を保管する。そして、出来るだけ避ける。
・各種料金の支払いをクレカにしている場合は別の方法に切り替える。
・キャリア決済の禁止。設定している場合は解除する。(一時的に借入をしている状態となる為、偏頗弁済にあたるのだそうです)
・作品の販売サイトなどの運営をしている場合はその後の対処の指示を仰ぐ。
・アフィリエイトリンクを自身のブログに入れている場合は外す。


私が申し渡されたのはこれぐらいかな?


何故にここまで厳しいかというと、自己破産や個人再生は「債権者平等の原則」があるからなんです。それと、弁護士さんがしてくれる債権調査の邪魔になるからね。せっかく取引情報を開示したのに、また金額が変動してたら確かにやりにくいですよね。それに、「破産する」って決めてるのに新たに借入をするのは最悪「詐欺破産罪」になるんだと…


めんどくさい…窮屈…
そうだね。確かにね。
まあ、私は最初の時に、持ってたクレカや消費者金融のカードは全て、弁護士さんに没収されたから何も出来ないんだけどね。(カード類の没収はそういう意味もあるのでしょうね)


アフィリエイトリンク、全て外しました。ついでに退会措置も。
キャリア決済も全て、解除しました。
作品販売サイトは元々運営していなかったからOK。
お金のやりくりは「収入の範囲内」で収めてます。
高価な買い物なんて、とてもじゃないけど余裕がありません。美容にも無関心だから100均コスメも平気で使うし、カットも格安でやれる店かセルフカットだし。
医療費は持病の高血圧の分と、突発で風邪で高熱を出して…ぐらいだし。


予定では7月頃に申立をします。
裁判所の都合にもよるけど、破産手続き開始決定(昔は破産宣告と言っていた)は申立から2週間から1ヶ月後。
そこから少額管財事件となって3ヶ月ぐらい、管財人の先生に再調査と指導を受けて…
12月頃には債権者集会からの異時廃止、そして年明けぐらいかな?には免責。
早ければ、年内には免責許可になるかもしれないね。だと、いいな。
安心して年を越したいもんね。


少額にせよ、通常にせよ、管財事件は「本来の自己破産の手続き」なんですよ。
法人破産なんかだと、管財費用は100万ぐらい軽く飛ぶらしいよ。まあ、法人破産は免責の申立がないからね。債務と共に法人は消滅して終わるらしいよ。


破産もタダではできない。
別の意味で破産しそうなお金が要る。
でもね、支払い不能な負債を抱えて悲嘆していても、幸せにはなれないからね。


自己破産は前向きなチョイス。


あのホリエモンも言ってるよ。


だからね、同じ境遇にある人は、共に頑張ろうね。
あと、支払い不能な負債を抱えて悲嘆している人は強制執行とかされる前に弁護士さんに相談ね。
居住する市役所が主催する「無料法律相談会」に予約してみる、法テラスに相談する、っていうのもいいかもね。平日になるけど。
法テラスなら法律事務所も紹介してくれるし。
みんな誤解してるけど、法テラス経由だと法律事務所を選べない、って事はないらしいよ。まあ、勿論、「選んだ事務所が法テラス対応可能」が前提での話だけど。


私もいろいろ動揺してるんだ。
ほんとに大丈夫なんかな?とかね。


でも、「幸せになる」って目標があるからさ。
大丈夫、頑張れる、って思えば頑張れるんだと思うのよね。うん。思うことにする。


精神不安定だけど…困惑もまだまだあるけど、免責許可を目指して頑張っていけたらいいな。




落ち着いて、自分。





Nunca desistirei 私は諦めない

西村ロベルタです。


ツイッタランドで散々、自己破産の事を呟いてる人です。


いや、ねぇ。
ここまで行き着くまでに、もっと自分の身辺の管理が出来ていればこんな事にはならなかったと思うんだけどね。
おバカな私は、どうやら「人生史上最大の決定」をする場面にまで堕ちないとわからないほど弛んでいたようで…お恥ずかしい限りでございます。


はい。


私が度々、言っている事。
それは
「私は諦めない」ってこと。
何を?
「幸せになる」ってことね。
こんな事を言うと、
「借金踏み倒す分際で、何が幸せになりたいだと?!」
とアンチコメントされそうなんですがね。
まあ、このブログのコメントはクローズ設定なので、ここにコメントは投下出来ませんけどね。


はい。


私ね、「人間は誰でも幸せになる権利を持っている」と思っている人なのね。
「何を偉そーに!!」
って言うのはナシね。
まあ、50年生きてきて、つくづく「人生の大半は苦労や苦心だな」とは思わないわけでもないよ。
だけど、大事なのは「苦難にぶち当たった時、どのように思考転換をし、どのように対処をするか」だと思ってるのよ。
まあ、私の場合は、「負のレガシー」である借金を、一度きれいに清算して「新たな一歩」を踏み出す勇気を持つことだと思ってる。
だから、私は今回の自己破産をしっかり受け止めて、粛々と手続きに臨んでいきたいと思ってるんだよね。


おさらい。
自己破産は「支払い不能」を裁判所への申立を通して認めてもらい、最終的に免責許可をいただく手続きです。
勿論、「何も失わずに」ではないよ。
私の場合、免責不許可事由があるからね、「少額管財事件」となって、「本当に支弁するものがないのか」を破産管財人に徹底的に調べられて、更に経済的な指導も受けながら、反省もして免責前の債権者集会で破産管財人から裁判官に「免責が妥当である」という意見を言ってもらえるようにしなければならない。
同時廃止事件と違って、受ける制約は多いよ。
宿泊を伴う旅行や出張に裁判所の許可が必要だったり、郵便物は全て破産管財人の所へ転送されて検閲された上で返送、もしくはこちらから受け取りに行くことになる。友達からの手紙やレターパックで送られてくる通販での購入物品から全て、容赦なく…
もうね、プライバシーのプの字もないレベルで、一番センシティブな部分をさらけ出さなければならないの。
郵便物から財産隠しがバレる破産者も多いらしいから、法律で決められてるからね、従わなけれならないの。「特例措置」は存在しないの。


何それ。めっちゃ窮屈やん。


そうだよね。窮屈だね。
でも、仕方ないんだ。私は従わなければならないの。
「破産法」っていう法律による救済を受けるためには、たとえ合点がいかない事に感じたとしても、絶対服従。


知ってる人は知ってると思うんだけどね、私は一応、クリスチャンなのね。
クリスチャンの人はよく「神様への服従」って言葉を牧師さんや神父さまから聴くと思うんだけどね、私は「服従」って言葉の意味がわからないで過ごしてきたの。
勿論、「言葉の辞書に載っている意味」としては知っていたけどね。実践っていうのかな、その部分でわからないままでいたの。


今ね、弁護士さんからたくさん「禁止令」を出されていてね、これも「服従」しないと最悪免責不許可になってしまうかもしれないからね、必ず守るように申し渡されているんだ。


・3万円を超える出費を避ける。医療費などの場合は領収書を保管、そして報告する。
・個人間であっても、金銭の貸借は禁止。
・キャリア決済の禁止。
・ドメイン更新など、自分では判断が難しいものは必ず法律事務所へ連絡して更新費用を申し出て許可を得てから。(これについては過去記事で許可されて無事に更新出来ました)
・娯楽費用を抑える。(浪費を疑われてはならないから)


本当、いろいろね。
これだけでも窮屈なのにね、管財人がつくと、更に窮屈になっちゃう。
でも、決めてるのよ。
「弁護士さんの言うことに従う」ってね。


私は漸く、「従う」ということがどういう事なのかを学習し始めた感じ。
それまでの私は、とにかくオフェンシブでアグレッシブで、「反抗上等」だったからさ。
気に入らないことに従う筋合いはないぜ!的な…(ヤンキーかよw)


そして…
本来の私なら、「失敗する自分」はこの上なく大嫌いで許せなかった。
それがね、どういうわけか、「破産者になろうとしている自分」がそれほど「憎悪の対象」ではないんだ。
それよりも、泣きながらでもなんとかして「現実」を受容しようと思考転換をし、手続きに必要な書類集めも頑張ってる。(あとは住民票と収支表ね)
なんかね、そんな自分が少しだけど、健気で愛おしく感じるんだよね。変な話。
こんな感覚は生まれて初めてだよ。


だって、イエス様が自らの命をもって私の罪の負債を支弁して免責許可をくださった、ってほどに「愛されてる」のに、嫌いなままだなんておかしいでしょ?
自己破産の手続きは、イエス様の贖罪に似ていると私は思います。
まあ、違うところは、自己破産が「自分が持ってる価値の高い財産を差し出して支弁する」のに対して、イエス様は「ご自身の命を差し出して私の罪の負債の支弁をしてくださった」って部分だけど。それにしても、凄い高額なもので支弁してくださったんだね。
イエス様、ありがとう。


なんかね、債権者の一社から、法律事務所へ「訴訟予告通知」が届いてるらしくて、これが来る、ってことは、近日中に私の所へ「貸金返還訴訟」の訴状が来る確率が高いそうで。
受任通知は催促や請求、債務者への直接の連絡なんかは止められるけど、債権者が起こす訴訟までは止められないんだって。
勿論、訴状が来たら直ぐに弁護士さんに連絡すれば、応訴といって「強制執行開始の引き延ばし」はしてくれるけど、延々と引き延ばせるわけではないからね、そういう時は前倒しで申立をして不足している費用については事件終結後に自動送金で支払うことになる。
(一応、積立状況で申立時の予納金と管財人の引継予納金は出せる金額は有ります)
毎日、「来るなよ、訴状」とか言いながら自宅のポストをゴソゴソやってしまう癖がついてしまったよ。
(今のところは大丈夫です)


はい。


一連の手続きが終結したら、私は本当に幸せになりたい。
機能不全家庭の出自で、HSPでACで、精神疾患もいろいろやってきて、いまだに精神不安定だけど、ここまでたくさん苦難に翻弄されてきたんだもん。
もう、いい加減、幸せになってもいいと思うのよ。
まあ、「幸せ」の定義って、人それぞれだからさ、一概には言えないけど、少なくとも私の場合は結婚とか恋愛じゃないからね、そこは念をおしておくよ。


そう、「しあわせはいつも自分の心がきめる」ってこと。


例えば、道端で可愛い草花を見つけて嬉しい気持ちになる事、とか、春の光の暖かさを肌で感じた時の多幸感とか…
お金は生活ができる分が確保されればそれでいい。贅沢なんて要らないし、そもそも物欲も食欲もないからね。
病院で一緒に働いていた介護士仲間だった人も自己破産経験者だったけど、シングルマザーながら質素で静かな生活をしていたよ。


私は、そんな小さな事の中に「幸せ」を感じる人になりたいんだ。
素敵だと思わない?
それこそが、「神様への感謝」に繋がっていくと思うんです。
だからね、負のレガシー(=借金)は清算しなきゃ。
「踏み倒し」って言う人は、言ってたらいいと思うよ。
私が思うのに、「踏み倒し」っていうのは、債務整理をせず、かと言って返済もせず、債権者と音信不通になって逃げ回ることだと思うよ。
借金にも時効はあるけど、これってなかなか成立させるのは困難だといろんな債務整理のサイトさんに書いてたよ。


最後に、私がいろいろ参考にさせていただいてる自己破産経験者のブログのURLを置いておきますね。
借金チャラ男の自己破産ライフ

20代後半の時に、900万越えの借金をかかえて自己破産をした男性のお話。(今は家庭も持って、仕事もちゃんと見つかって、幸せに暮らしておられます)
カジュアルな文体だけど、読みやすいと思う。
節約ワザとかも書いておられるところが面白いよ。


借金チャラ男さんも生活を立て直したんだからね。
私にやれないわけはないと思うのよ。
そして…
この世で「自分の所有物」だと思っている物は、じつは「神様から託されている」ってことと、私たち人間は、常に「神様の管理下」にいる、ってことね。


Nunca desistirei. (私は決して諦めない)


幸せになろうね。
破産しても大丈夫よ。
間違えても自死や犯罪はダメよ。





消したいけど消えない記憶

西村ロベルタです。


Twitterって、ほんとにいろんな境遇の人がいて、「こんな経験があるのは私だけじゃないんだ」と思わせてくれる、私にとってはリアル人間関係よりも共感や「ひとりじゃないんだ」と思える世界なのね。
みんな、140文字に思いを載せて、いろんなことを愚痴って、呟いて、訴求する…


ネットばかりやってる、なんて悪態をつく人もいるけどさ、そういう人って「共有できるリア友」に恵まれているんだと思うの。
或いは、自分の中で「データ」の処理をする能力に長けているとかね。
リア友、ってか、人間関係の構築そのものが上手じゃない私にとって、SNSやブログなどの「ネットの発信ツール」はとても貴重で、いまやスマホがあれば簡単に楽しめるからね、助かってるのよ。
フォロワーの皆さま、いつもありがとうございます。


はい。


本日のエントリーはちょっと重めな内容です。
まあ、ずっと自己破産のことを書いてたからね、それだけでも充分に重くて辛辣なんだけど、本日は方向性の違うものを「凍結した記憶」を辿りながら書いていきますね。


「性犯罪」とか「性被害」って聞くと、皆さんはどういうイメージがありますか?


成人の、それも若い女性が遭遇するもの、ってイメージですか?
そう言えば、伊原さん、だったかな?
裁判で勝訴されましたね。
敗訴した方の男性は不服のようでしたが。
自分が加害者なのに判決が不服とか、一体何を言ってるのか…と思いますが…
性被害者のひとりとして、伊原さんのことは気になっていました。
日本の裁判は、証拠固めがしっかりなされるため、諸外国に比べて有罪判決が出る率が高い、とか聞いた覚えがあります。
加害者の人は、素直に自らの罪を認めて深く反省して、二度と同じ過ちを犯さないでいただきたいものです。


じつは、私は小学生低学年の時、同級生男子の一人から性的虐待を受けました。
小学生の頃の私は、嫌なことをされたりしても抵抗する術(すべ)を知らなかったし、「男子=怖い」って思ってたからね、抵抗出来なかった。
夏のある日の学校の帰り道、いきなり一人の男子から
「お前、ちょっとこっちへ来いや」
と言われて、通学路を離れた脇道に連れていかれたの。
ウチは田舎だからね、脇道といっても都市部のように建物とかがあるわけではなくてね、大抵の場合は河川へ行く道だったり、畑へ行く道だったりして人もいなかったの。
もしも、誰か大人が居てくれたら助けを求めることは可能だったと思うんだけどね、その日はほんとに誰もいなくて…


通学路の途中に、お寺かなんか宗教的な感じの小さな建物があって、誰も常駐してなくて、さらに庭があって木がたくさんある所へ連れ込まれたの。
思い出すの、すごくおぞましいんだけどね、そこで着衣を全て脱ぐように命令された。
夏場だったし、うちの学校は制服が体操着だったから、シャツと短パンを脱げは下着だけ、しかもまだ低学年だからブラとかもしていないからね、いわゆる「パンツ一丁」にさせられたの。
「パンツも脱げよ」
鬼畜のような指令が来る。
そもそも、トイレやお風呂以外でパンツを脱ぐなんて考えられないよね。しかも、男子の前でさ。
「誰かが来たら恥ずかしい…」
精一杯、そう言ったんだけど、無理に脱がされた。
そのまま、植栽の陰に押し倒されると、陰部を弄ばれた。
え?何するの?
今なら着衣を脱がされる前に蹴り飛ばすと思うけど、当時の私はそんな「強さ」は持ち合わせていなくて、相手の要求をのむしかなかった。
男子は私の陰部に異物を入れたかと思うと、自分のズボンを下げて陰茎を見せてきた。
なんなの、気持ち悪い…
抵抗出来ないのをいいことに、今度は何?
生々しい表現が難しいけど、まあ、その鬼畜のような指令はすなわち、オーラル系の事をせよ、って事だった。
気持ち悪いですよね。衛生面も気になる。
でも、無理矢理、口にモノを押し込まれて…


なんなの?何故、こんな目に遭わなくてはならの?逃げたい。でも、私の力では無理…
まだ年齢は一桁。
でもね、これがどんな事なのかぐらいはわかる。とても年齢一桁の小学生の所業ではないし、また、遭遇する被害でもない。
ただ、時代は昭和50年代前半。
今みたいに携帯とか「気軽に写真を撮れる環境」じゃなくて良かった、と今になって思う。
当時は写真を撮ることは旅行や特別なことでもない限り、殆どない時代だったし、現像に出すわけだから、あまりにも公序良俗に反するものを現像に出すと写真屋さんにいろいろ疑われる時代でもあったからね。(一応、写真屋さんにも守秘義務はありますが、公序良俗に反するもので、明らかに被害の場面だと通報とかも出来るようでした)


そのあとも上のシャツは着てもいいけど、パンツは脱がされたままで、今度は近くの河川敷に連れて行かれた。途中の道は殆ど草っ原で、ほんとに誰もいなくて…
車が通る時だけカバンで隠してくれたけど、そうよね、私の恥云々以前に、自分の所業がバレるからね。


河川敷に連れて行かれて、川に裸になって入るよう指示された。
少し離れた場所で、年配の男性が農機具を洗っていたから、助けてもらいたいと思ったけど、男性はすぐにいなくなってしまった。


男性がいなくなるのを見計らって、その男子はとても子どもの所業とは思えない、ある意味、成人でもドン引きするようなことをしてきた。
あまり内容を詳細に書くと、さすがにブログのアカウントがやばいから(独自ドメインだしね)割愛するけど、私はその時、「自分が穢れた」という事を悟ったの。


とにかく、早く、この時間が終わってほしい。
こんな事、現実であってほしくない。


ところどころ、記憶が欠落してるんだけど、漸く解放された時、私は自分自身に「戒め」を与えた。
「この事は誰にも口外してはならない」
「思い出してもいけない」
そして、
「忘れなくてはならない」


人間は、あまりにも不遇な目に遭遇したり、深くトラウマになる事を経験すると、その精神の崩壊を防ぐために、「記憶の凍結」というのをするようになるのだそうです。
私も、ご多聞にもれず、「記憶の凍結」を無意識のうちにやっていました。


大丈夫。この先、いいことがあれば完全に忘却できる…


事実、この事は誰にも口外せず成人して、それなりに彼氏ができたりとかして普通に「成人女性」として生きてたけど…
恋人との仲が深くなってくると、やっぱり体の関係とかに発展するよね。


でも、そういう時に「トラウマ」って蘇る。
「ごめん…そういうのはダメなんだ…」
そう言って断り続けては恋愛は終わりを迎えた。
当時、既にプロテスタントのクリスチャンだった私は、婚前交渉がいけない事だと伝道師から教えられていたから、
「ごめん。宗教上の理由…」
と言ってた。
変な奴だっただろうね。


私の所属する教会は、洗礼は全身水に浸してするやり方なんだけど、その時に罪は勿論のこと、この「穢れ」も洗い流すつもりで受洗した。


でも、20代半ばにさしかかった頃、教会で女性伝道師と二人きりになった時、「記憶の凍結」を少しずつ溶かして、過去のおぞましい出来事を話したの。
このままでは、将来ずっと男性不信になって結婚はおろか、恋人もすぐにいなくなると思ったから…


伝道師は何も言わずに聴いてくれて、祈ってくれた。
何気に「穢れ」が少しマシになった気がした。




走り書きになっちゃったけど、子ども時代に性被害に遭った人達へ。


あなたが受けた「痛み」は、私にとって、とても「他人事」とは思えないし、もし、あなたがクリスチャンなら、教派問わず祈り合ったりとか、ノンクリスチャンの人に対しても同じように接していきたい。
あなたは悪くない。


加害者が悪いんです。


だから、必要以上に自分を責めて、
「私は汚い、穢れている」
「人様に顔向けなんて出来ない」
とか思わないでほしいの。


最近、近親相姦とか鬼畜の所業としか思えないニュースなんかも見聞きするけど、ほんとに私は胸が痛くなります。
特に被害者が子どもだと…
抵抗出来ないのをいいことに、自らの性欲のはけ口にする所業はほんとに許せません。


私には、祈ることしか出来ないけれど…
でも、いつか「被害者の自分」を受容していかなければ、前へは進めないとは思っています。
加害者を無理に許そうなんて思わなくてもいいんじゃないかな?
やがて、心が癒えるとき、許すとか許さない以前に、「心の整理」がつくようになるのだと思います。


あなたに微笑みが戻りますように。


あなたは「神さまの子ども」
私もね。


いつか、こんな苦しみを経験するような事がなくなりますように。


傷ついた心に、私たちの主イエス・キリストの御手が触れ、癒しが与えられますように…





Purification of my heart

西村ロベルタです。


漸く「冬らしさ」が出て来ましたね。
ニュースでは、新型肺炎の件で大騒ぎ。
私も
「マスクの入荷はまだか~~」
「アルコール消毒液の入荷はいつや~~」
というお客様たちの対応に追われ、本来のお仕事は殆どやっていない(させてもらえない?)状況が続いていてかなり疲弊しています。
元病棟介護士の私から、言わせていただきますね。
まず、「マスクは全ての感染を防ぐものではなく、どちらかといえば、自分の風邪なんかを他者にうつさないために使用する」ってこと。
そして、「手の消毒をする前に、しっかり石けんを使って手を洗いましょうね。洗わずに消毒しても意味はない」ってことね。
実際、病棟では頻回、手洗いをします。感染予防はまず「手洗い」です。
消毒液が買えなかった人、石けんを使って手を洗いましょう。これ大事ね。


あと、インフルエンザが隅に追いやられてる感があるけど、これも注意ですよ。


はい。


いつだったか、誰かが何のメディアで言っていたのかは忘れたのですが、
「涙は心の浄化」
ってフレーズね。


ご存知、私は今、自己破産の申立に向けて準備中です。
HSPの私が「人生史上最大級」と言っても過言ではない自己破産を決意し、その手続きに入る、というのは強めメンタルの人の何百倍も大変なことなんです。
人一倍、感受性が強すぎるせいで、あれこれネットで調べたりした内容とかをかなりの確率で鵜呑みにしては怖くなって泣いて悩んで悲嘆して…を繰り返しています。
どうしても落ち着いて考えられない!って時は、依頼した法律事務所へ電話をして事務の人を質問攻めにしたり…
なんていうのかな?そこまでオーバーに考えなくてもいいものを、常に「最悪の事態」を想定して考えてしまう癖が抜けないのね。
たしかに、「禁止事項」は絶対にしてはいけないですよ。最悪「詐欺破産罪」になったり、そこまでいかなくても免責不許可になったりするのでね。


免責不許可事由がある私は、高確率で少額管財になるよ、と弁護士さんに言われています。
まあ、申立をして、裁判所が決定を下すんですけどね。
過去記事にも書いたけど、少額管財とはいえ、引継予納金はウチの地域は205000円がかかります。
まあ、費用面は頑張って法律事務所の口座に積立をするんだし、そこは事務所サイドもOKしてくれてるんだけど、問題は「破産手続き開始決定」がおりてからね。
それで、この前、また法律事務所へ電話をして、事務の人を質問攻めにして、そのあとちょっと泣き言を言ったのね。


「管財になったら、裁判所の許可を得ないと宿泊を伴う出張や旅行も無理なんですよね?」
「郵便物の転送、嫌です。友達の手紙を読まれるとか耐えきれません」
「日帰りで、例えば社内研修に参加、とかはOKなんですよね?」


それに対する法律事務所の人の答え。


「日程が決まった時点でウチの事務所へ電話ください。こちらから裁判所へ許可を願い出て、結果をお知らせします」
「郵便物の件は……法律で決められているので、我慢してください。西村さんが不正をしているとかの意味ではないんです。数ヶ月の間ですから、そこはご了承くださいね」
「日帰りは大丈夫です。心配ならウチの事務所へ電話をしてくださいね」


西村「はい…わかりました。でも、郵便物の件は合点がいかんです」
事務「ごめんなさい。法律で決められるんで…」
西村「私は犯罪者なのですか?」
事務「決してそういう事ではないです。そもそも、自己破産自体が犯罪ではないんで…」
西村「でも、官報に住所氏名を晒されて、更にこんな仕打ちは犯罪者扱いですよね?」
事務「仕方ないんです…決して西村さんが犯罪者だという意味ではないんです。だから、少しの間ですから我慢してください」
西村「ネットでいろいろ調べたけど、かなり人権侵害ですよね?」
事務「人権侵害…そう見えますか?それより、西村さん。ネットの情報を鵜呑みにしすぎて必要以上に悪く考えるのはやめましょうね。管財人は弁護士ですし、守秘義務もありますから、郵便物の中身を他人に言うとかは絶対にしてはいけない事なんですよ。安心してください」
西村「なんか、扱いがまるで犯罪者ですね。逃げも隠れも、ましてや不正なんかしないのに…」


…と、まあこういうやり取りをやってたわけで。(事務の人、お時間取らせてごめんなさい)


まあ、今もまだ「管財人への郵便物の転送」は合点がいかないままですがね。
そもそも、私はどっかの大手自動車メーカーのあの人みたいに逃亡なんてしませんから。不正をしようにも、そんな知恵は働きませんからね。


そして、夜…


夜はあたりが暗くなるせいか、何故か不安を煽る部分がありますね。
機能不全家族の出自である私は、「家族に話す」という選択肢も取れないから、一人で耐えるしかないんです。(自己破産のことなんか言ったあかつきには、メンタル破壊するレベルで家庭内イジメが待ってます。そっちのほうが怖いわ)←以前、元配偶者からさせられた借金返済の公正証書が送られてきた時もかなりイジメられました……


「先のこと」を考えると、不安MAXになって泣いてしまうんですよね。
そりゃ、まあ、「借金ごめんなさい」なんだけど。
そこで、マインドフルネス。
曲がりなりにもクリスチャンな私は、イエス様が私の罪の赦しをしてくださったことを考え、「祈り泣き」?「泣き祈り」?するかのようにいろいろ思い巡らすことで、自らをなんとか安心させようとしました。
以下、西村ロベルタの脳内の声↓
「イエス様は私の罪の負債を自らの命を贖い代(あがないしろ)として免責をくださった」
「私がこの世の金銭における負債は法律に則って裁判所から免責許可をもらわなければならない」
「お金を返せなくなったこと、債権者の皆様には大変申し訳なく思ってる。免責のために制裁が入るのは致し方ないよね…」
「でも…やっぱりちゃんと法的に認められていきたいからね、私は弁護士さんや裁判官や管財人の先生に誠実に真摯に対応したいの…」
「聖書のいう"罪"って、よく"負債"って表現がなされてるよね。イエス様は自らを贖い代として差し出して、私の"罪の負債"を免責してくださったわけで…」


あれこれ思い巡らせてると、涙が出てきた。


HSPな上にACな私は、感情の制御も下手くそで、もしこの「泣きたい思い」を今、封印してしまったら、管財人の先生や裁判官に対して感情的になってしまったら印象が下がる…
それイコール、免責が難しくなる。


「無理に封印することじゃないや。申立前の今のうちに、泣きたいなら泣いておくのもありよね。誰かが言ってたよ。涙は心の浄化、って」


そうです、今、泣きたいだけ泣いておいて、すっきり綺麗に「浄化」をして、「本番」は落ち着いて誠実な態度で臨みたい…


泣きました。
どうせ、一人の部屋なんで、叫ばなけれればバレません。


止めどなく流れる涙を拭いながら…


そして、漸く涙が止まった時、何故かすっきりした気分になっていました。
「涙は心の浄化」
誰が言ったんだろう?うまく言ったね。


はい。そういう事で、真摯に受け止め、乗り越えていきたい。
そして、免責をくださったあかつきには、必ず幸せになる為の一歩を踏み出したい。
私は諦めません。
Twitterにも度々書いているけどね。


だから、同じ境遇にある人も頑張ってほしい。
泣きたい時は泣いてもいいと思います。
変に感情を封印すると、あとでひずみが来ますから…
これからも進捗状況を書いていきますね。
(時々、全然関係ない記事も書くけどね)


無事に免責許可をもらった人、新しい一歩を踏み出すのを応援しています。
そして、免責審尋や債権者集会を終えて免責待ちの人、もう少しです。
今、借金地獄の人、「救済措置」があります。
このブログをパソコン表示にすると、右カラムに法律事務所のリンクが貼ってあります。参考になれば幸いです。


Vamos ser FELIZ!


幸せになろうね。自己破産は「人生の終焉」じゃないよ。







自分のこと、いろいろ その2

西村ロベルタです。


Twitterでも言ってる事だけど、私は一応「クリスチャン」なのね。…って聞くと、
「例の戸別訪問して聖書の話を~~」
とか言って来る人達でしょ?
ってなると思うんだけど、違うよ。そもそも、あれは世間一般ではキリスト教だと誤解されてるけど「別宗教」だからね。
もしも、家に来たら理由つけてお断りしましょう。いつぞや、チラ見したテレビで「二世信徒」のことをやってたけど、あれはマジで「人間の生活」を壊されていきます。
そもそも、「本物の神さま」が、人間の作った組織に隷属させるなんて、そんなの変です。
神さまは人間に「自由意志」をくださっています。あんなに規則や戒律でがんじがらめにされたら、自由意志もヘッタクレもないと思いますね。


はい。


んで、西村さんはどういう教派の信徒なの?ってなると思うんだけど、それを少しご紹介。
最近の私のツイートを見てる人ならわかると思いますが、(自己破産の人でしょ、はナシね)
「カトリックに行ってる中のプロテスタントの信徒」です。
何故にカトリック?
私は休日が殆ど平日なのね。所属してるプロテスタントの教会は「平日プログラム」が無いの。あっても夜とかね。でも、夜は次の日の仕事の事を考えたら、体力的な問題で外出したくないのよね。
カトリックは平日プログラムがあるんです。
まあ、教会によって時間はいろいろだけど、私が居住する県内のカトリック教会は毎週ではないけど、ちょうど私の休日の午前中に小さなミサがあるの。
ミサのあと、「シスターと聖書を読む会」とか「神父さまとお食事会」とかもやってるの。
勿論、「参加したい人だけ」が参加すればいいの。(私は参加する派)


あとね、これは文句になっちゃうかも、だけど、所属してる教会の礼拝のスタイルって言うのかな、近代音楽の賛美とか、長い説教とか…
あれについて行けない…
私は「繊細さん」と呼ばれるHSPなんだけど、うるさい音楽や、あと「挨拶の時」と称して信徒どうしが握手やハグをし合うやつ、あれが好かなくて辟易してるのよ。
別に、他者を「バイキン扱い」してるわけじゃないよ。でも、私はどうも、ベタベタと触られるのが好かなくて、そのあたりもついて行けない。
いつぞやは、ほんとに嫌すぎて
「触らないで!」
って言ってしまったこともあるの。
大人気ない?そうかもね。
駅前の「フリーハグ」とかは自ら進んで行くくせにね。変なの。


あとは「濃密すぎる人間関係」にも辟易。
この前も女性信徒の一人がまるで取り調べのように私に家庭の事とか質問してきて、無視もダメかな、と適当に答えてたら、もうめんどくさいこと(それも、私が一番言われたくない事)をたくさん言われたのよね。


・ご両親を扶養すれば?←安月給で、しかも世帯分離してる身でどうやって?
・自己破産なんて何故するの?←来たよ、コレ。借金苦すぎるからよ。うるさいな。
・自己破産なんてする必要ないんでしょ?←はあ?する必要がなければしませんし、そもそもそんなので申立をしても破産手続き開始決定が出ませんがね。最悪、詐欺破産罪ですよ。
・登録販売者って待遇がいいんでしょ?←はあ?あんた、いつも私の話の何を聞いてるの?そもそも、おっしゃる「好待遇」なら自己破産しませんけど?
・服のセンスがいいよねぇ。←あんたがダサいだけ。


…と、まあ、いろいろめんどくさいの。
(まあ、この件については「厳重注意」を入れてもらうよう教職者に言ってます)
あまりにも腹が立って、この信徒には「抗議のLINE」をしたよ。
家族のことは私は「間借り」で住ませてもらってるだけだから知らないことや、自己破産をするのは「私」であって、他の誰でもないことや、仲良くなるために「取り調べ」をされるなんて知らなかったわ、とかね。


はい。


2月2日の日曜日、休みがもらえたので、久しぶりに京都の司教座聖堂(カテドラル)で御ミサに参加させていただきました。
さすがは広くて、そして人も多いの。
そして何より、パイプオルガンの重厚な響きで歌う聖歌!もうね、自然と「祈り」に導かれていくのね。(私はこういうスタイルが好き)
風邪が治りきってなくて、「本領発揮」があまり出来なかったのが残念だったけどね。


涙が流れてくるんです…


私はいつもは「繊細さ」故に、生きづらさを感じる事が多くて人生ハードモードなんだけど、美しい音楽やきれいなものを見聞きすると、なんて言うのかな、感動に胸を震わせる、って言うのかな、そういう感じ。
いつもは自分でもめんどくさい「繊細さ」が、こういう時だけは「正の意味」で生きてくる。


↓これね。参加してきた御ミサの式次第。
 主の奉献。

今年は「年間第4主日」と重なった。
典礼暦では今年はA年。
このリーフレットに御ミサの式次第や祈りの言葉が書いてあって、順番に進んでいく。
カトリックの典礼は全世界共通。
時差や言語の違いはあるけど、「やってること」(歌う聖歌の番号や聖書の朗読箇所など)はみんな共通。
海外旅行に行く先で御ミサに与る信徒さんだと
「何を言ってるのかわからないけど、次はコレだ」
ってわかるそうです。
プロテスタントにはこういう「統一感」がないもんね。同じ教団教派でも、教会ごとに違うし。それに、言語がわからないと、プロテスタントはキツイ。


聖体拝領、っていうのがあるから「ミサ」なんだけど、これはクライマックス。
ただし、カトリックの洗礼を受けていない私は与れないからね、そういう人は、拝領の列に並んで神父さまの前に来たら「祝福を」と言って頭を下げると祈ってくださいます。
私もしっかり、祝福を受けてきました。
なんか嬉しいですね、こういうの。
プロテスタントも洗礼まだの人にカトリックみたいな「祝福」を牧師がしてあげればいいのに。


御ミサのあと、「サンパウロ会」っていうカトリック用品のお店でお買い物。
以前は教会の隣にあったんだけど、諸事情で聖堂地下に移転した。
そこで見つけて一目惚れして購入した「大天使聖ミカエル」の御絵。
ハガキサイズで家にある適当なフォトフレームで飾れる大きさ。
(オカンには、イエス様の聖心の御絵を買ったよ)
カトリック信徒の人に聞いた話、聖ミカエルは天使長で、最強なんだそうです。
悪魔を足で踏みつけ、右手に剣、左手に天秤を持っていますね。
司法の世界でも目にする天秤、聖ミカエルの持っている天秤は「魂の公正を測る」んだという…
天秤って、人類が重さを測るために用いる秤としては、結構伝統的なものなんですね。


そういえば、弁護士さんのバッジも天秤ですね。(由来は聖ミカエルではないけど)
裁判所や法曹養成所にある像や絵画の「天秤を持ってる人」は「正義の女神テミス」と言って、カトリックは無関係…ってか、キリスト教関係ないです。(ギリシャ神話かな?)


御ミサは1時間ぐらいで終わります。
長時間、じっとしてるの苦手な私にはちょうどいい時間。


涙が流れてくる理由…
それは、
「わたしが自らの命をもって、あなたの罪を免責した」
と、イエス様に言われたように感じたからだと思います。(法律用語でごめんなさい)


嘆いていても始まらない。
祈りながら、自己破産の手続きに臨めるよう、しっかりと現実と向き合っていこうと思います。


主よ、私の自己破産を担当してくださる弁護士さんや裁判官、管財人の先生を正しく用い、その業務を遂行させてください。
そして、壊れそうになる私を支えてください。
落ち着いて手続きに臨めますように。


私たちの主、イエス・キリストによって。
Amen. 

プロフィール

西村ロベルタ

Author:西村ロベルタ
毛皮、動物実験、娯楽の為の動物利用、殺処分など、この世は関心を持たなければ分からない事がたくさんあります。「いつもの視点」を少し変えてみて下さい。
菜食主義者。

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