最近思ったこと

ここのブログでは、あまり「自分の考え」とかは書いてこなかったんですが、ちょっと「お願い」と「方針」をお伝えしたくて今日は記事を描きます。

自分の「発信方法」について、とあるアカウントにご迷惑をおかけしたようで、自分のやり方について、自信をなくしてしまったこと、ただでさえ苦手なのに頑張ってブログを書いても「悪意」にしか取ってもらえないんではないか、そもそも、私にはすべてがムリだったのではないか、とか、本当に、いろんなことを考えて、「落ち目」になっています。

メンタルの疾患を言い訳にしているのではありませんが、そう取られても仕方がないとは思っています。
実は、この記事は「書き直し」なんです。
どうやら、私のタブレット端末のブラウザと相性が悪く、最後の最後にブラウザが落ちて、また記事を落としてしまいました。「保存」をしようとしたら、「消えて」しまいました。
「書きたいこと」が、また伝わらないかもしれないですが、少しでも記しておきたくて・・・

先日、とあるアカウントから「削除要請」を受け、Twitter上にpostした「当該ツイート」の削除を行ないました。
まぁ、「了承」を得ていなかった私が全面的に悪いのだとは思いますし、そのことについては「反省点」であり、今後配慮をしていかなければならない、という教訓になった出来事だと思っています。

しかし、「理由」が知りたかった。なぜ、引用がダメだったのか・・・
結局、スルーされてしまい、かなり不信感を募らせています。
「こうこうこういう理由だから、削除してください」と言われれば、後味が悪くなることもなかったんです。

そもそも、私は、特別な理由がない限り、「啓発のための転載や引用」は悪いことではないと思っていました。
本人が撮影したものであるなら、了承は取らなければならないとは思いますが・・・

結局「意識のズレ」だったのでしょうか。
私は、「動物のために」という理由なら、転載や引用は自由、だとの「方針」だったので、そこの感じ方が違っていたようですね。
ほんと、私の配慮不足でした。

ここ数日、「残酷な画像」の取り扱いについて、Twitter上でも取り沙汰されています。
「Twitterには出すな。自分のブログに貼って」という意見も見ました。
私も、極力、「その方針」でやってきました。
ブログに使用する場合、ページを開いた瞬間見える位置には貼らず、
「悲しい写真を貼ります」と、本文中に入れてから挿入する措置を取ってきました。
スマートフォンで記事起こしをする場合、パソコンとは改行が違うため、一旦保存し、プレビューを確認してから公開する、ということもしました。そして、それは、ささやかな配慮だと自負していました。

しかし、「この画像をお借りしてもいいですか」すら言えない私は、「配慮ができる」とはとてもじゃないけど、言えない事実を知って、ますます自分の発信に自信を持つことができないでいます。

「自分の感情優先にならないで」なんて、偉そうなことを言っておいて、
今の私は「自分愛護者」です。
本当に、恥ずかしいし、「アニマルライツでもなんでもない」って言われても仕方がありません。

もしも、この先、私がTwitterなどで「転載や引用はしないでほしい画像」をお借りしてしまったら・・・
その時は、理由と一緒に削除要請をしてください。
極力、早い対応をさせていただきます。
ブログの場合は、できれば「記事番号」を教えていただけると助かります。
このブログは、固有の記事番号が振られています。
例えば、この記事のひとつ前は

http://avivamento105.com/blog-entry-45.html

で、htmlの前の数字が記事番号です。
管理画面にログインしたときに確認するので、対応が遅れがちになりますが、要請にはお応えします。

いろいろ、申し訳ございません。

次に、「方針」を。

このブログには、「動物問題」や「活動参加報告」のほかに、「Twitterなどで感じたこと、思っていること」も書いていきます。
当たり前ですが、ここは「私のブログ」です。私の裁量でやっています。

それと、私は無料版ブログをバカにしているわけではありません。
無料版ブログにも、私の何十倍、何百倍も素晴らしい記事を書いておられるかたがおられるのは知っていますし、常に敬意をもって読ませていただいております。
ただ、私は、画面上に出る広告にイライラしていたのと、せっかくだから、と持ってるドメインをあてがっているだけで、「人よりもカッコつけてる」とは絶対に思っていません。
「独自ドメインは生意気」と言われるのは心外です。
やりたい方法で運営すればいいと思っています。

Twitterは、落ち着いたら、アカウントの鍵を外し、以前のように発信を再開したいと思います。

「足りないところ」が多数ありますが、日々、精進する所存です。

よろしくお願いいたします。

もしも・・・

人間には、「自分に置き換えて考える」という「チカラ」があります。
この「チカラ」のおかげで、「他者の痛み」を思い、自らを省みることが出来る・・・そのように認識していました。

しかし、「世の中」を見ていると、どうも「現実」は残酷すぎることに気づき、悲しくなってしまう。

「伝えなければならないこと」が「伝わらない」というもどかしさ・・・

子供の頃、道徳の授業や、親からの忠告で、言われませんでしたか?

「もしも、自分がされて嫌なことは、相手の人にもするな」
「自分がされたらどう思うか、を考えて」
「相手の立場に立って」

しかし、イジメはなくならないし、陰湿化している現実。

例えば、誰かがイジメに遭っていて、やめさせたいんだけど、やめさせようとしたところで全てのイジメをなくせるわけではないから「行動」しない、とか。

ちょっと待ってほしい。

それ、どういうこと?なぜ、見捨てるの?
見捨てられた人は、なんと思うんでしょう?

これを書いてる私自身、「見捨てられ役」の経験があるから、ほんと、許せない。
どうして、「相手の立場」に立って考えることが出来ないのですか?
「出来ない」んじゃなくて、「見て見ないふり」ですよね。
つまり、「無関心」ってこと。

「動物たちの置かれている現状」、考えたことがありますか?

じゃぁ、このブログに来てくださったあなたと、少し一緒に考えたい。

悲しい写真を貼ります。
つらいかもしれないけど、「もしも自分がされたら・・・」と、イマジネーションを働かせて下さい。

「毛皮」のこと。

毛皮は「毛を刈っている」のではなく、読んで字のごとく、「毛と皮」です。
これを得るためには、動物を殺さなければなりません。
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(アニマルライツセンターさんより、お借りしました)

「毛皮の生産工程」です。
毛皮をはがされている動物は「生きたまま」であることが多いそうです。

想像できますか?
ちょっとぶつけただけでも、その辺で転んですりむいただけでも痛いですよね?

生きたままで全身の皮膚を引きはがされる・・・想像を絶する痛みだと、容易に想像がつきますよね?

「もしも自分がされたら・・・」

毛皮を買わないで・・・でも、自分だけが買わないことにしたところで、なくせない。。

そういうふうに思いますか?
だとしたら、それはとても残念です。
「自分の感情優先」の、「残酷な思考」ですね。。

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毛皮をかわなければ
「思いやり」を身につけるのが何故大切か、もっと関心をもってほしい。


「動物実験」のこと。

「動物実験」と聞けば、「医薬品」だと、誰でも連想できます。実際、医薬品の承認を取るためには、動物実験のデータの提出を要求されるんです。(ジェネリック医薬品で安全性が確立しているものについては省略可)

視野を広げます。

化粧品や日用品、「動物の為」の商品であるペットフード、その他、特に命にかかわるわけでもない物のためにまで、
動物実験が行われている事実、知っていますか?

もしも、化粧品が「命に影響するもの」であるなら、それは薬事法上、化粧品とは言わないです。

お肌をきれいにしたい、髪をサラサラにしたい、メイクをしたい・・・ということのために、動物たちは苦しんでいます。
正直、私もショックでした。もともとメイクはしない人でしたが、シャンプーなどは使いますから。

画像の保存をしていなかったので、文章表現になりますが、
ウサギが、首だけが出る「拘束器」に入れられ、目に試験物質を入れられ、目が傷ついていくのを観察されたり、
体の毛を剃られて、皮膚に試験物質を塗られ、皮膚の損傷を観察されたり・・・

そして、最後は殺されます。薬品を投与した動物を、ほかの実験に使うことはできないからです。

人間と動物では、薬物に対する感作性も、目や皮膚の構造も違っていて、動物実験の結果をそのまま人間に当てはめるのは、正確さに欠けることなんです。

もしも自分がされたら・・・

どうでしょう?絶対やめてほしいと願うはず。。
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「今、はやりのメイクだから、」「あのタレントが使ってるから」などという選択ではなく、
「動物たちに優しい」という理由にしませんか?

「私ひとりが不買したところで、どうにもならない」ではありません。

「千里の道も一歩より」
たとえ、1でも、ゼロのままでいるよりも「一歩」を踏み出した分、「進んでいる」のです。

あなたの「優しさ」を、動物たちに分けてあげてほしい。

動物実験
こんなことされたら、いやですよね?


「フォアグラ」のこと。

ファミリーマートが「フォアグラ入り弁当」の販売を中止しました。
22件の「反対意見」があったそうですが、結局は「倫理的観点」からの選択だった、と思います。
普通、「わずかな数の反対意見」だけで販売中止にはならないでしょうから。
利益追求一辺倒ではなく、倫理的な部分も大切にできる企業は応援しよう、という気にもなります。

ところで、フォアグラ、って、どういうものでしょう?

「脂肪肝」のことなんです。つまり、「病変組織」ですね。
だから、フォアグラを食べる=病変組織を食べる、ってこと。

その「脂肪肝」のために、鳥たちがひどい虐待を受けたあとに殺されます。
身動きが取れない狭いケージに入れられ、無理やりエサを与える「強制給餌」をされます。
ふつう、動物は、エサを喜ぶものなのに、フォアグラの鳥たちは給餌係が来るとおびえるそうです。

首を掴まれ、のどにパイプを挿入され、一期にエサを胃に流し込む、
鳥たちの胃は、けいれんするが、吐き出せない・・・数週間、繰り返し、「脂肪肝」にさせたのがフォアグラ。

高価なのは、鳥たちの死亡率が高いため、「希少」となるから、だと言われています。

「もう、食えない」ってなっているのに、ムリに食べさせられたら苦しいのは当たり前。
フォアグラは「虐待の産物」です。

フォアグラ反対コックさん
「フォアグラは食べない」選択を。高級でもなんでもないです。
お祝いの席ならなおさら、「他者の苦しみ」の上に、フォアグラ料理で祝ってなんていらないです、私なら。。

ベジタリアン
「もしも自分がされたら・・・」
お買い物、お化粧、食べ物・・・少しでもいいので「関心」をもって下さい。

「仕方ない」「関係ない」などという言葉で逃げないで下さい。
心が折れそうになるようなものを、敢えて見ることも必要なことです。

そうやって、あなたが「関心」をもってくれたら・・・

その時、あなたは「思いやり」を手に入れるのです。



最後までよんで下さり、ありがとうございます。



プロフィール

Author:西村ロベルタ
毛皮、動物実験、娯楽の為の動物利用、殺処分など、この世は関心を持たなければ分からない事がたくさんあります。「いつもの視点」を少し変えてみて下さい。
菜食主義者。

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