アニマルライツに目覚めた経緯〜毛皮のこと

そもそも私がアニマルライツ、つまり「動物の権利」を知るきっかけになった経緯について。

ペットが高齢になり、更に充実したケアをしてあげたい、とWebでペットの事を調べていた時の事から始まります。いろんなページを開いて見ていくうちに、「動物虐待」の事に書かれているページを開き見ていると、そこには毛皮の生産の事実に言及している記事がありました。
「生きたまま、毛皮を剥がされてる」という文章があり、リンクが貼られていたので踏んでみると、「アニマルライツセンター」のサイトに行き着きました。毛皮だけでなく、動物実験や工場的畜産、動物園など、動物達のおかれている現状がそこには書かれていました。画像の動物達は皆、寂しい悲しい目をしています。毛皮のページにあった動画をおそるおそる再生しました。

タヌキが檻から出されて、地面に何度も叩きつけられ、逆さ吊りにされ、毛皮を剥がされる場面でした。

タヌキは毛皮を剥がされたあとも生きていて、毛皮がなくなった自分の体を確認するかのように起き上がり、苦しんで死んでいきました…

心に衝撃が走りました。まさか本当にこんな事があるなんて…

私は正直に申しますと、リアルファーは可愛いと思っていましたし、毛皮は動物の毛と皮、という事はわかってはいましたが、飼育環境は清潔でアニマルウェルフェアに配慮され、屠殺も安楽死だと思っていました。犠牲があるという事に敢えて考えを巡らす事を避けていました。そして、この「犠牲」すら「仕方がない」とまで思っていました。

その動画は、私のそういう思い込みを根底から覆すものでした。

私が小学生の頃、昭和の時代です、リアルファーのマフラーが流行りました。尻尾のついた、まさに「動物の死骸」そのものな感じのデザインのやつです。私も持ってました。可愛くて素敵だと思っていました。
社会人になってからも、全体毛皮はイヤだけど、部分使いならOKだと思い、アクセサリーやコートの飾りなどが毛皮な物も買ってました。ラビットファーのベストも持ってました。

自分は今まで、なんていう事をしてきたのだろう…何故、こんな残酷な物を「可愛い」なんて思っていたのだろう…こんなの、「血まみれファッション」やんか!

後悔、罪悪感…
2、3日、無口になりました。「黙れば口が腐る」とまで言われていた私が。

私の横で眠る愛犬をみると、あの毛皮の為に殺されたタヌキの姿とダブって見え、つらくて、つらくて、それまでリアルファーを可愛いと思っていた事を、とても申し訳なく思いました。

ごめんなさい。人間の、ただ「着飾りたい」という欲望の為に…

「私は、この先一生リアルファーは買わない、身に付けない!」

「そうだ、この事実を知らない人達に教えなければ!」

アニマルライツセンターに毛皮チラシ請求、友達に話す事から始めました。

みんな、私が受けた衝撃のように、ショックを受けていました。
今のところ、「残酷なもの、見せるなや」と言ってくる友達はいません。

5月5日の草津のパネル展ででも、毛皮の真実の写真にショックを受けてる若い女子に「これは事実ですか?」ときかれ、答えました。
「この写真がある、という事は、こういう事実があるという事です。」

今年の冬は、リアルファーが視界から消えますように。





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西村ロベルタ

Author:西村ロベルタ
毛皮、動物実験、娯楽の為の動物利用、殺処分など、この世は関心を持たなければ分からない事がたくさんあります。「いつもの視点」を少し変えてみて下さい。
菜食主義者。

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