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Nunca desistirei 私は諦めない

西村ロベルタです。


ツイッタランドで散々、自己破産の事を呟いてる人です。


いや、ねぇ。
ここまで行き着くまでに、もっと自分の身辺の管理が出来ていればこんな事にはならなかったと思うんだけどね。
おバカな私は、どうやら「人生史上最大の決定」をする場面にまで堕ちないとわからないほど弛んでいたようで…お恥ずかしい限りでございます。


はい。


私が度々、言っている事。
それは
「私は諦めない」ってこと。
何を?
「幸せになる」ってことね。
こんな事を言うと、
「借金踏み倒す分際で、何が幸せになりたいだと?!」
とアンチコメントされそうなんですがね。
まあ、このブログのコメントはクローズ設定なので、ここにコメントは投下出来ませんけどね。


はい。


私ね、「人間は誰でも幸せになる権利を持っている」と思っている人なのね。
「何を偉そーに!!」
って言うのはナシね。
まあ、50年生きてきて、つくづく「人生の大半は苦労や苦心だな」とは思わないわけでもないよ。
だけど、大事なのは「苦難にぶち当たった時、どのように思考転換をし、どのように対処をするか」だと思ってるのよ。
まあ、私の場合は、「負のレガシー」である借金を、一度きれいに清算して「新たな一歩」を踏み出す勇気を持つことだと思ってる。
だから、私は今回の自己破産をしっかり受け止めて、粛々と手続きに臨んでいきたいと思ってるんだよね。


おさらい。
自己破産は「支払い不能」を裁判所への申立を通して認めてもらい、最終的に免責許可をいただく手続きです。
勿論、「何も失わずに」ではないよ。
私の場合、免責不許可事由があるからね、「少額管財事件」となって、「本当に支弁するものがないのか」を破産管財人に徹底的に調べられて、更に経済的な指導も受けながら、反省もして免責前の債権者集会で破産管財人から裁判官に「免責が妥当である」という意見を言ってもらえるようにしなければならない。
同時廃止事件と違って、受ける制約は多いよ。
宿泊を伴う旅行や出張に裁判所の許可が必要だったり、郵便物は全て破産管財人の所へ転送されて検閲された上で返送、もしくはこちらから受け取りに行くことになる。友達からの手紙やレターパックで送られてくる通販での購入物品から全て、容赦なく…
もうね、プライバシーのプの字もないレベルで、一番センシティブな部分をさらけ出さなければならないの。
郵便物から財産隠しがバレる破産者も多いらしいから、法律で決められてるからね、従わなけれならないの。「特例措置」は存在しないの。


何それ。めっちゃ窮屈やん。


そうだよね。窮屈だね。
でも、仕方ないんだ。私は従わなければならないの。
「破産法」っていう法律による救済を受けるためには、たとえ合点がいかない事に感じたとしても、絶対服従。


知ってる人は知ってると思うんだけどね、私は一応、クリスチャンなのね。
クリスチャンの人はよく「神様への服従」って言葉を牧師さんや神父さまから聴くと思うんだけどね、私は「服従」って言葉の意味がわからないで過ごしてきたの。
勿論、「言葉の辞書に載っている意味」としては知っていたけどね。実践っていうのかな、その部分でわからないままでいたの。


今ね、弁護士さんからたくさん「禁止令」を出されていてね、これも「服従」しないと最悪免責不許可になってしまうかもしれないからね、必ず守るように申し渡されているんだ。


・3万円を超える出費を避ける。医療費などの場合は領収書を保管、そして報告する。
・個人間であっても、金銭の貸借は禁止。
・キャリア決済の禁止。
・ドメイン更新など、自分では判断が難しいものは必ず法律事務所へ連絡して更新費用を申し出て許可を得てから。(これについては過去記事で許可されて無事に更新出来ました)
・娯楽費用を抑える。(浪費を疑われてはならないから)


本当、いろいろね。
これだけでも窮屈なのにね、管財人がつくと、更に窮屈になっちゃう。
でも、決めてるのよ。
「弁護士さんの言うことに従う」ってね。


私は漸く、「従う」ということがどういう事なのかを学習し始めた感じ。
それまでの私は、とにかくオフェンシブでアグレッシブで、「反抗上等」だったからさ。
気に入らないことに従う筋合いはないぜ!的な…(ヤンキーかよw)


そして…
本来の私なら、「失敗する自分」はこの上なく大嫌いで許せなかった。
それがね、どういうわけか、「破産者になろうとしている自分」がそれほど「憎悪の対象」ではないんだ。
それよりも、泣きながらでもなんとかして「現実」を受容しようと思考転換をし、手続きに必要な書類集めも頑張ってる。(あとは住民票と収支表ね)
なんかね、そんな自分が少しだけど、健気で愛おしく感じるんだよね。変な話。
こんな感覚は生まれて初めてだよ。


だって、イエス様が自らの命をもって私の罪の負債を支弁して免責許可をくださった、ってほどに「愛されてる」のに、嫌いなままだなんておかしいでしょ?
自己破産の手続きは、イエス様の贖罪に似ていると私は思います。
まあ、違うところは、自己破産が「自分が持ってる価値の高い財産を差し出して支弁する」のに対して、イエス様は「ご自身の命を差し出して私の罪の負債の支弁をしてくださった」って部分だけど。それにしても、凄い高額なもので支弁してくださったんだね。
イエス様、ありがとう。


なんかね、債権者の一社から、法律事務所へ「訴訟予告通知」が届いてるらしくて、これが来る、ってことは、近日中に私の所へ「貸金返還訴訟」の訴状が来る確率が高いそうで。
受任通知は催促や請求、債務者への直接の連絡なんかは止められるけど、債権者が起こす訴訟までは止められないんだって。
勿論、訴状が来たら直ぐに弁護士さんに連絡すれば、応訴といって「強制執行開始の引き延ばし」はしてくれるけど、延々と引き延ばせるわけではないからね、そういう時は前倒しで申立をして不足している費用については事件終結後に自動送金で支払うことになる。
(一応、積立状況で申立時の予納金と管財人の引継予納金は出せる金額は有ります)
毎日、「来るなよ、訴状」とか言いながら自宅のポストをゴソゴソやってしまう癖がついてしまったよ。
(今のところは大丈夫です)


はい。


一連の手続きが終結したら、私は本当に幸せになりたい。
機能不全家庭の出自で、HSPでACで、精神疾患もいろいろやってきて、いまだに精神不安定だけど、ここまでたくさん苦難に翻弄されてきたんだもん。
もう、いい加減、幸せになってもいいと思うのよ。
まあ、「幸せ」の定義って、人それぞれだからさ、一概には言えないけど、少なくとも私の場合は結婚とか恋愛じゃないからね、そこは念をおしておくよ。


そう、「しあわせはいつも自分の心がきめる」ってこと。


例えば、道端で可愛い草花を見つけて嬉しい気持ちになる事、とか、春の光の暖かさを肌で感じた時の多幸感とか…
お金は生活ができる分が確保されればそれでいい。贅沢なんて要らないし、そもそも物欲も食欲もないからね。
病院で一緒に働いていた介護士仲間だった人も自己破産経験者だったけど、シングルマザーながら質素で静かな生活をしていたよ。


私は、そんな小さな事の中に「幸せ」を感じる人になりたいんだ。
素敵だと思わない?
それこそが、「神様への感謝」に繋がっていくと思うんです。
だからね、負のレガシー(=借金)は清算しなきゃ。
「踏み倒し」って言う人は、言ってたらいいと思うよ。
私が思うのに、「踏み倒し」っていうのは、債務整理をせず、かと言って返済もせず、債権者と音信不通になって逃げ回ることだと思うよ。
借金にも時効はあるけど、これってなかなか成立させるのは困難だといろんな債務整理のサイトさんに書いてたよ。


最後に、私がいろいろ参考にさせていただいてる自己破産経験者のブログのURLを置いておきますね。
借金チャラ男の自己破産ライフ

20代後半の時に、900万越えの借金をかかえて自己破産をした男性のお話。(今は家庭も持って、仕事もちゃんと見つかって、幸せに暮らしておられます)
カジュアルな文体だけど、読みやすいと思う。
節約ワザとかも書いておられるところが面白いよ。


借金チャラ男さんも生活を立て直したんだからね。
私にやれないわけはないと思うのよ。
そして…
この世で「自分の所有物」だと思っている物は、じつは「神様から託されている」ってことと、私たち人間は、常に「神様の管理下」にいる、ってことね。


Nunca desistirei. (私は決して諦めない)


幸せになろうね。
破産しても大丈夫よ。
間違えても自死や犯罪はダメよ。





プロフィール

西村ロベルタ

Author:西村ロベルタ
毛皮、動物実験、娯楽の為の動物利用、殺処分など、この世は関心を持たなければ分からない事がたくさんあります。「いつもの視点」を少し変えてみて下さい。
菜食主義者。

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